ナマ聞き、ね…。
Yomiuri Weekiryの今週号の特集記事。タイトルは「学力「上位」と「中下位」の違いは ナマ聞き53家族 成績高める「親」力」だそうだが。
「ナマ聞き」という言葉がものすごく気になる。「なま」という言葉の
- 材料に手を加えないこと。作為をほどこさないこと。「―の声」
- 録音・録画などでなく、直接に視聴すること。
(広辞苑より)
という意味を用いて、「直接話を聞きました」という意味合いで作った言葉なのだろうけど。最近では若者言葉として「ナマ」の応用範囲が広がっているのもなんとなく認識してはいるが。しかし「生聞き」という言葉は存在しているぞ。もちろん違う意味で。
なま‐ぎき【生聞き】
- 十分に聞きとらないこと。よく了解するまで聞かないこと。
- ちょっと聞いて知ったふうをすること。聞きかじること。梅暦「―の客」
(広辞苑より)
この意味だと、特集タイトルにはまったくもって不適切だと言えるだろう(いや、ショセンシュウカンシだからと皮肉な目で眺めれば、ある意味「適切」と言ってもいいかもしれないが)。
一応、新聞社を母体にする週刊誌だから、余計に「言葉について(いい意味で)保守的であろう」という無意識の期待が働いてしまうのだが、あるいはそんな期待こそ望むべくもないものなのかな。特集タイトルだから、一人二人の記者の日本語力の問題ではなく、編集長クラスの人間がその言葉遣いにOKを出しているということだろうし。
いずれにせよ、僕は「あの雑誌は読むに値しない」と認識してしまったわけで、他にもそう感じる人はいないかなあ。